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第2代校長 斎藤 鹿三郎

第2代校長 斎藤 鹿三郎

在任期間(年度)明治37年~昭和3年(1904-1928)

第2代校長_l東京女子高等師範学校教授、斎藤鹿三郎が第2代校長に就任した。 専門の地理学や女子教育に精通し、著作も多い新進気鋭の学者であった。昭和3年に新設の広島女子専門学校長に転出するまで24年間在職し、県女の基礎を確立した。
初めての訓示で「諸子は一生誠を以て貫け」と述べ、人間にとって大切なことは真の真心(至誠)を尽くすことであると述べた。
折に触れ、至誠の根本は無限の親切・無限の辛抱にあると説き、次第に県女の根本精神として生徒の心に刻み込まれていく。
大正2年の入学式の式辞で次のように校訓十箇条を述べた。「一、君の恩を忘るべからざること 二、父母の命に従ふべきこと 三、先生を敬ひ必ず其の命に従ふべきこと 四、兄弟仲良くすること 五、身体の健康を図るべきこと 六、十分勉強すべきこと 七、自分を重んじ本校生徒たるの本分を守ること 八、何事も働くべきこと 九、先輩を見習ふべきこと 十、親切辛抱なるべきこと」。この十箇条は、順番や文言に多少の違いはあるものの、「生徒必携」にも記され、県女・第一県女の校訓として受け継がれていく。 斎藤校長は月に一度の修身講話で、「偉人の蔭に偉人あり」と吉田松陰の母、乃木希典の妻など烈士・節婦・偉人の物語を主とした訓話を行った。斎藤校長には教科書や教育学関係の多数の著作があるが、その他 『模範女子:隠れたる偉人』 (六盟館 明治43年刊)や 『吉田松陰正史』 (第一公論社 昭和18年刊)などもある。
大正9年本校に3年課程の家事補習専攻科が設置された。翌年専攻科と改称し、良妻兼母教育と職業に進出可能な専門教育の要素を併せ持つようになった。女子の高等教育を積極的に推進していた斎藤校長は、文部省や県当局に働きかけ、広島女子専門学校への昇格に力を尽くした。

・・・・・・・・・・斎藤校長の「昔の思ひ出」・・・・・・・・・・・・・
「明治40年に木綿の筒袖を実行して多くの人におこられ、その後洋服を敢行して将来洋服を着せぬと云ふ始末書を出せと知事さんから申渡され、宮島まで駆け足させて軍人から苦情を云はれ、学芸会を始めて女に演説の稽古は無用なりと視学官に叱られ、薙刀を課して文部大臣に叱られた・・・・」( 『有朋』 創刊号より )

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