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第6代校長 土橋 幸之助

第6代校長 土橋 幸之助

在任期間(年度)昭和21年~昭和23年(1946~1948)

k_06_l昭和20年8月6日付けで、呉第一高等女学校校長の土橋幸之助が本校の校長事務取扱に就任した。2つの県立高女の戦災復興の重責を背負うことになったが、広島第一県女復興に主力を注いだ。
9月八木修練道場を仮校舎とし、草津町のさくら寮と川内国民学校の3ヶ所で分散授業が始められた。食糧・物資の欠乏がひどく、乗り物もなく生徒は通学に困難を極めた。
昭和21年3月、土橋校長は本校の第6代校長に就任。旧陸軍被服支廠のレンガ造りの大倉庫の一部転用を受け、4月より全校生徒を収容して授業を開始した。校友会活動も再開し、 21年8月6日には雑誌部生徒による「第一県女新聞」創刊号が発行された。その巻頭言で土橋校長は、民主的、平和的、文化的新日本を建設しなければならぬと述べ、新聞の発行や生徒の活動は教育の民主化の役割を果たすものであると激励した。
昭和23年、第一県女は新制高校の「広島県広島有朋高等学校」となることになった。土橋校長は第一県女5年を卒業する生徒に対して、
「新憲法下で男女の平等がうたわれる今、民主日本における女子の地位は高くその任務は重い。したがって諸子は、諸子のために門戸が解放された新制高校にふるって入学して、新時代に適応した新教育を受けるよう切望する」 と激励の辞を寄せた。
高校再編成の直前、昭和24年2月「両親のための新教育の栞」を配布し、次のように述べた。
「義務だから民主教育をやるんだ、という消極的態度ではなく(中略)敗戦の原因を教育の面から考え、どうしても民主教育でなければならぬことを痛感するのであります」
後に「皆実有朋60周年記念誌」の中で土橋校長はこの時期を「長い教員生活において、広島第一県女時代ほど最も惨めで、最も愉快な、最も苦しくて、最も楽しい時期はなかった」 と述べた。

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