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母校の歴史

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西暦(元号) 月.日 本校及び同窓会関係事項
1901年(明治34) 12.20 文部大臣、広島県立広島高等女学校の設置を認可する。
12.28 広島県知事、本校の創設を告示する。
1902年(明治35) 2.4 東京女子高等師範学校助教授広瀬豊十郎、校長に任ぜられる。
3.6 本校の学則を制定(修業年限4年、生徒定員400名)。
4.12 入学選抜試験合格者100名を発表。
4.18 入学式を挙行。
4.21 広島県師範学校校舎(下中町)を引き継ぎ、授業を開始。
5.28 地久節祝賀式を挙行。
1903年(明治36) 2.4 開校記念式を挙行。
2.11 紀元節拝賀式を挙行。
5.14 校舎の大修理竣工。
1904年(明治37) 2.28 校長広瀬豊十郎休職。東京女子高等師範学校教授斎藤鹿三郎、校長に任ぜられる。
5.28 校友会発足。
1905年(明治38) 11.3 校友会機関誌『真巳とのとく』を発行。
1906年(明治39) 3.27 第1回卒業式(卒業生77名)を挙行。
4.1 補習科(修業年限1年、定員100名)を設置。
この年 図書室を開設。
1907年(明治40) 11.25 閑院宮妃殿下台臨、裁縫・薙刀・遊戯体操の授業を御覧になる。
1908年(明治41) 10.16 家事作法教室を新装。
1909年(明治42) 2.4 同窓会の設立。
3.- 1年生生徒150名を募集。
1910年(明治43) 1.21 校友会事業として桐の木160本を植樹。
3.- 1年生生徒100名を募集。
1911年(明治44) 2.4 創立10周年記念式と同窓会「有朋会」を開催。
1913年(大正2) 9.10 雨天体操場が完成。体操服を制定。
1915年(大正4) 2.26 一木文部大臣、本校を視察。
11.10 大正天皇即位の祝賀式を挙行。御大典記念に図書館、博物館を新築。
1916年(大正5) 2.2 1年生生徒150名を募集。
1917年(大正6) 2.2 1年生生徒200名を募集。
10.10 割烹講習会(卒業生を対象)を開催。
1918年(大正7) 8.31 米騒動のため寄宿舎生飯用米を持って帰舎。
1919年(大正8) 6.15 裁縫および洗濯教室の落成。
1920年(大正9) 3.30 文部省、家事補習専攻科の設置を認可(修業年限3年、生徒定員50名)。
9.- 専攻科教室(2階建)「白塔」新築。この年、校章・制服を制定する。
1921年(大正10) 3.- 1年生生徒250名を募集。
この年 普通教室12室、習画教室博物教室及び標本室、地歴標本室、実営部等を完成。
1922年(大正11) 2.28 本館及び付属小建築の落成。
この年 初めての対外試合、近県女子中等庭球大会で、吉田・福岡組優勝。
1923年(大正12) 3.5 寄宿舎(千田町)落成、移転。
4.1 専攻科(家事補習専攻科の改称)の設置。
1924年(大正13) 3.- 5年課程の高等女子校として認可される。
5.16 本校の生徒定員1200名となる。
この年 関西女子庭球大会で、阿部・井上組優勝。明治神宮陸上大会、       走幅跳で吉田みさお日本新記録、三段跳びで織田美佐子2位、400mリレーで3位入賞。
1926年(大正15)       (昭和元) 3.16 保護者会創設。
5.25 摂政宮殿下(後の昭和天皇)、本校に行啓。
1927年(昭和2) 3.- 4年課程最後の卒業式を挙行。
1928年(昭和3) 3.5 広島女子専門学校の設立により専攻科廃止。       (有朋会より設立費として1万円を寄付する)
3.22 斎藤鹿三郎校長、広島女子専門学校校長に転任。
3.31 広島県教育主事梅林寺勝三、校長に任ぜられる。
この年 排球部、全日本排球大会で準優勝。
1929年(昭和4) 1.16 裁縫室焼失。
この年 排球部、全日本排球大会で準優勝。       籠球部、関西女子籠球大会で優勝。       庭球部、関西女子庭球大会で船井・吉村組優勝。
1930年(昭和5) 7.21 生徒文集『あけぼの』創刊。(年2回発行)
11.7 明治天皇文庫を創設。
この年 庭球部、関西女子庭球大会で世良田・加賀美組優勝。
1933年(昭和8) この年 庭球部、全日本女学校庭球大会で大石・伊賀組優勝。永山・佐久間組準優勝。       第1回全国女子中等学校庭球大会でも、大石・伊賀組優勝。
1934年(昭和9) 10.31 校旗を制定。
この年 庭球部、全日本女学校庭球大会で永山・佐久間組優勝。       第1回伊勢神宮全国庭球大会で、成田・森田組優勝。       排球部、全日本選手権大会で初優勝。
1935年(昭和10) 2.11 愛国子女団(愛国婦人会広島県支部広島県立広島高等女学校子女団)結成。
3.18 奉安殿建立。
6.17 文部大臣、「社団法人広島県立広島高等女学校有朋会」(理事長 河野ハル)の 設立を許可する。
1935年(昭和10) 10.4 校歌を制定。(作詞 鈴木敏也 作曲 信時潔)
12.20 有朋会会誌『有朋』の創刊。
この年 広島女専が本校より宇品へ移転。母子室、・図書室を整備する。       排球部、全日本選手権大会で連続優勝。
1936年(昭和11) 3.31 校長梅林寺勝三退職、広島第二中学校校長清水芳徳、校長に任ぜられる。
1936年(昭和11) 6.10 閑院宮殿下、本校講堂(傷痍軍人慰安会会場)に台臨。
この年 排球部、朝鮮排球協会の招聘をうけ朝鮮(ソウル)遠征。       卓球部、全国女子卓球大会で坪井靖恵優勝
1937年(昭和12) 5.27 愛国婦人会総裁伏見宮周子妃殿下、愛国子女団親閲のため本校に台臨。
1939年(昭和14) この年 庭球部、全日本女学校庭球大会で、棚谷・栗栖組準優勝。
1940年(昭和15) 4.1 清水芳徳校長、広島女子専門学校校長に転任。
11.10 福山高等女学校校長岡猪真二、校長に任ぜられる。
この年 紀元2600年奉祝式を挙行。       庭球部、全日本女学校庭球大会で新藤・棚谷組優勝。       明治神宮体育大会女子中等学校の部でも優勝。
1941年(昭和16) 4.1 校名を広島県立広島第一高等女学校と改称。
4.15 勤労報国隊を結成。
11.22 修練道場(安佐郡八木村)を開設。
1942年(昭和17) 1.8 「大詔奉戴日」を定める。本校は護国神社参拝を実施。
10.1 雨天体操場完成。医務室、休養室を増築。
この年 修学旅行中止、かわって宮島遠足及び各学期1回の行軍を行う。
1943年(昭和18) 4.1 「高等女学校規定」により修業年限4年となる。3年生以上に英語を課さず、       農作業・教練等を強化。
この年 4年生以上出汐町の陸軍被服廠で作業奉仕をはじめる。
1944年(昭和19) この年 5年生、広の海軍航空廠に勤労動員       本校雨天体操場に動力密針(ミシン)を設置。4年生、被服廠の作業を行う。
1945年(昭和20) 3.1 5年生4年生同時卒業。補習科生(5年卒業者)広の海軍航空廠へ動員継続、       補習科生(4年卒業者)陸軍被服廠川内村工場に動員継続。
3.7 2年生、広島印刷・広島航空に動員。
4.1 1年生(321名)入学、初めて6学級となる。
4.29 4年生、東洋工業・広島航空に動員。
7.1 千田町寄宿舎、川内村へ疎開。
7.18 2年生、広島印刷・広島航空・陸軍被服廠川内村工場に動員。
7.23 1年生、川内国民学校で分散授業。授業は週1日程度となる。 一部1年生は建物疎開作業に従事。
8.6 広島に原爆投下。       岡猪真二校長ほか教職員19名、建物疎開作業中の1年生他生徒281名死亡。       校舎倒壊焼失。広島県立呉第一高等女学校校長土橋幸之助、校長事務取扱を 命ぜられる。
9.2 被爆後最初の職員会議・保護者会役員会を草津町の小泉万次郎氏宅で開く。
9.30 学校本部を草津町さくら寮におき、さくら寮・川内国民学校・八木修練道場の3か所で 分散授業を開始。       元大竹海兵団より机の転用をうけ、これを運ぶ。
12.20 草津教専寺において原爆犠牲教職員生徒の慰霊祭を執行。 保護者役員会で復興資金募集を決定。
1946年(昭和21) 1.22 分散授業場を草津町さくら寮と出汐町の元陸軍被服廠倉庫の2か所とする。
3.8 土橋幸之助校長事務取扱、本校校長に任命される。
4.1 5年制課程に復する。
4.12 元陸軍被服廠(出汐町)の一部倉庫を修理し、全生徒を収容して授業を行う。
5.6 旧校地跡(下中町)に、被爆教職員生徒の慰霊木碑を建てる。
8.6 慰霊碑前で被爆一周年追悼会、哀悼歌(岸谷敞子作詞)を合唱。 この日『広島第一県女新聞』創刊。
1946年(昭和21) この年 秋に第1回復興祭を行う。校友会活動再開、クラブ活動復活。
1947年(昭和22) 4.1 久留島フジエ(有朋9期)教諭、初の婦人校長(佐伯郡観音中学校)となる。
5.19 元陸軍被服廠倉庫から木造建物に校舎を移転。旧被服廠本館を本校の本館とする。
この年 秋に第2回復興祭を行う(復興歌を披露)。修学旅行復活。
1948年(昭和23) 3.15 社会班 『郷土』を発行。文芸誌 『あけぼの』 復刊。
3.25 第一県女最後の卒業式(卒業生267名)を行う。
5.3 学制改革により、本校は広島県広島有朋高等学校として発足。
9.22 生徒自治大会開催、「あけぼの会」(会長 長谷川澪子)誕生。
10.10 PTA(会長 町井剛)結成総会開く。
この年 陸上競技部、中四国少年少女体育大会で中野(走幅跳)、森(60m)、       三浦(砲丸投)で優勝
1949年(昭和24) 3.13 有朋高校解散惜別音楽会(広島高等学校講堂)を開催。
3.19 有朋高校卒業式(卒業生104名)を行う。
4.30 高等学校再編成により、本校は広島県広島皆実高等学校と改称。普通科・生活科・ 工業科の課程を備える総合制高等学校として新発足。       (元広島有朋高校、元広島広南高校、元広島工業高校、元広島市立工業高校並びに       これらの前身の学籍簿その他の公簿を保管)。       本校初代校長に、元広島市立二葉高校宮川造六校長が就任。
5.9 開校式を行う。
6.8 校章(鳩の羽根とぺン)制定。
6.12 PTA(会長 野口寿一)結成。
6.13 生徒自治会(会長 楠見浩志)発足。『広島皆実高校新聞』創刊。
12.1 家事室(280㎡)新築完成。
この年 広島県高校新聞連盟主催、第2回高校新聞コンクールで第1位入賞。以後8連勝を飾る。       陸上競技部、中国五県対抗陸上選手権大会で円盤投げ、槍投げ、砲丸投げ、 500m、1500mに優勝。
1950年(昭和25) 3.1 第1回卒業式(卒業生 普通科131名、工業科317名)を行う。
7.1 家庭クラブ結成。文芸部誌『構図』創刊。
8.20 「皆実同窓会」結成。
この年 北グランドを整備し、スタンドを設置。       陸上競技部、中国五県対抗陸上選手権大会で400mリレーに優勝
1951年(昭和26) 1.- B校舎の移転改修工事完了。
1.31 宮川造六校長、広島市教育長に就任のため退職。
2.20 広島観音高校有馬政一郎校長、本校第2代校長に就任。
9.- C校舎の完成。
10.27 第6回広島国体開会式マスゲームで林弘・藤井越子教諭、それぞれ男子・女子の部を指揮。
この年 陸上競技部、中国五県対抗陸上選手権大会で、中野弘子(走幅跳)優勝。       球部、安東、中国卓球選手権大会、女子Sで優勝
1952年(昭和27) 1.25 第1回校内マラソン大会を行う。
2.20 生徒歌「友よ」(作詞 坂下喜治・珠山哲弥 作曲 北千枝子)の発表。
4.19 文芸部誌『構図』広島県高校文芸誌コンクールで第1位となる。
9.1 女子制服決まる。
11.1 三段峡遭難(工業部生徒7名死亡)
この年 排球部、男子西日本バレーボール大会で優勝。
1953年(昭和28) 4.1 本校、普通科・生活科を併設する広島県広島皆実高等学校として再発足。       (工業科は分離、独立)有馬政一郎校長、広島国泰寺高校長に転任。       呉三津田高校数田猛雄校長、本校第3代校長に就任。
4.27 PTA(会長 服部円)新発足。
1953年(昭和28) 5.2 新校章(柏葉と雪)決まる。生徒会(会長 永尾敦子)新発足。
7.31 「有朋会」主催、原爆孤児援助興業公演(児童文化会館)を開催。       月丘夢路(有朋33期)月丘千秋(有朋36期)姉妹賛助出演。
1954年(昭和29) 5.23 有朋会と皆実同窓会の合併により、社団法人「皆実有朋会」(理事長 大熊ちどり:       有朋7期)発足。
7.- 生徒歌「われら羽博く」(作詞 珠山哲弥 作曲 岡本真一郎)決まる。
7.21 倉橋町桂ケ浜で初の臨海訓練を行う。(~25日)
10.9 ピアノ開きで三枝喜美子独唱会を行う。
1955年(昭和30) 6.24 中校舎木造2階建(1,010㎡)竣工。
8.5 広島第一県女原爆犠牲者遺族会発足。旧広島第一県女正門跡に原爆犠牲者       「追憶之碑」を建立。慰霊祭を行う。
9.1 「相談室」を設置、カウンセリングを始める。
10.1 応援歌「若き血潮」(作詞 流田阿津子 作曲 田辺孝弘)決まる。
1956年(昭和31) 4.1 数田猛雄校長依願退職。広島観音高校木村二郎校長、本校第4代校長に就任。
7.1 旧広島第一県女門柱を「追憶之碑」傍に建てる。
9.13 旧校舎613㎡を改造して講堂兼体育館とし、南校舎とする。柔道場・音楽室239㎡を 図書館に改造。
11.4 皆実有朋会主催「開校55周年記念音楽会」(広島市公会堂)を開催。       二葉あき子(有朋26期)、角梨枝子(有朋39期)賛助出演。
この年 バスケット部男子、全関西バスケット選手権大会で優勝。
1957年(昭和32) 4.8 入学式(男子183名 女子147名)をはじめて本校講堂で行う。
8.18 大熊ちどり皆実有朋会理事長を退任、中川千代(有朋26期)就任。
1958年(昭和33) 2.22 3階建K構造校舎(1,683㎡、普通教室15、特別教室3 工費2,400万円)落成。       北校舎とする。
4.6 皆実有朋会、生徒会売店仕入れ・経営にあたる。
4.30 生徒ホール建築、旧校舎の一部を柔道場に改造。
1959年(昭和34) 6.9 皆実高校開校10周年記念式を行う。
9.22 広島工業高校との間で使用グランドを決定、本校は、北グランド(18,000㎡)の使用となる。
12.3 皆実有朋会、プール建設資金を募るため「二葉あき子歌の集い」(広島市公会堂)を開催。
1960年(昭和35) 4.28 皆実有朋会寄贈による「皆実有朋プール」完成。(浄水装置はPTAの寄贈)修祓式を行う。
5.15 中川千代皆実有朋会理事長を退任、熊田ムメ(有朋12期)就任。
1961年(昭和36) 3.28 運動場校地決定。
4.6 校旗の制定。
5.3 創立60周年記念式・祝賀会(本校講堂)を行う。       校歌(作詞 広島皆実高等学校 作曲 高木東六)を発表。
5.7 皆実有朋会主催「創立60周年記念音楽会、大谷冽子独唱会」(広島市公会堂)を開催。
5.- 柏葉会(同窓会結婚相談所)発足。(~昭和52年12月解散)
10.24 表門2か所、コンクリート塀、鉄骨金網柵設置。(工費186万円)
この年 硬式庭球部、中国高校選手権大会で、男子W辻・堀越組優勝。
1962年(昭和37) 1.29 音楽教室(132㎡、工費179万円)竣工。
8.21 鉄筋ブロック造平屋建体育部室、PTAの寄付で竣工。
10.8 高橋明総君追憶の聖火台完成。
この年 硬式庭球部、中国高校選手権大会男子Sで原田優勝。全国高校選手権大会で3位入賞。
1963年(昭和38) 1.- 生物部「QUERCUS」創刊。
3.- 皆実有朋会、木村二郎先生『皆実高校生徒諸君』を刊行。
4.1 木村二郎校長依願退職。広島県尾道北高校校長増田忠夫、本校第5代校長に就任。
5.13 鉄筋K構造3階建校舎(681㎡、6教室 工費1,141万8,000円)竣工。(現1号館)
8.1 元校長数田猛雄著『広島県中等学校教育百年の回顧』」刊行。
1964年(昭和39) 5.12 本館を移築。この跡に鉄筋コンクリート3階建の新本館並びに渡り廊下、       宿直室等(817㎡)竣工。       旧本館は、生徒急増期のため解体を延期され、美術・書道教室に臨時改造される。
1965年(昭和40) 3.31 体育館兼講堂(1,147㎡、総工費2,780万円)竣工。
5.31 特別教育活動校舎(鉄筋3階建738.95㎡、総工費1,900万円 PTAの寄付による)竣工。
10.6 鉄筋3階建3教室(273㎡)を本館に継増築。
1966年(昭和41) 4.1 衛生看護学科(生徒定員1学年、40名)新設される。
4.6 衛生看護学科第1回入学式(入学生44名)を行う。
6.10 クラブ部室(ブロック建4室、プレハブ建6室)完成。
8.31 衛生看護学科の仮校舎(農林事務所を改造)完成。
1967年(昭和42) 1.16 理科校舎(鉄筋3階建738㎡、総工費2,000万円)完成。
9.11 武道場(鉄骨2階建380㎡、総工費900万円 PTAの寄付による)完成。
12.6 グランド整地完了。
1968年(昭和43) 4.1 増田忠夫校長依願退職。広島県広島商業高校大熊武吉校長、本校第6代校長に就任。
7.19 衛生看護学科倉庫(鉄骨平屋建73㎡)を運動場付属施設として移築竣工。
10.1 校名を広島県立広島皆実高等学校と改称。
1969年(昭和44) 4.1 専攻科(衛生看護)新設。(定員40名)
4.7 図書館増築(366㎡)工事竣工。
4.11 専攻科第1回入学式(入学生26名)を行う。
1970年(昭和45) 4.1 大熊武吉校長依願退職。広島県立福山葦陽高校山田正明校長、本校第7代校長に就任。
5.28 「家庭クラブ」を発展的に解消して「白樺会」誕生。
この年 水泳大会、柔剣道大会中止、廃止に。
1971年(昭和46) 4.16 皆実有朋会館(鉄筋2階建292㎡)竣工。
6.17 皆実有朋会館運営規定できる。
10.3 創立70周年記念式典挙行。70周年記念誌『皆実有朋』刊行。皆実有朋会館落成式を行う。       創立70周年記念文化祭(~4日)
1972年(昭和47) 3.1 広島工業高校との校地交換決定。
3.15 衛生看護科・専攻科校舎(鉄筋3階建1,866㎡)竣工。
4.1 山田正明校長依願退職。広島県立三次高校加藤朗一校長、本校第8代校長に就任。
10.27 皆実有朋会食堂・売店運営細則決まる。       全国視聴覚教育研究大会・特活部会を本校で開催。
1973年(昭和48) 3.31 特別教室(鉄筋一部4階建2,185㎡)現4号館竣工。
8.9 全国高校衛生看護科・専攻科研究協議会を本校で開催。(~10日)
1974年(昭和49) 1.31 渡り廊下木造波板ビニール屋根(70.97㎡)竣エ。
2.28 流紋岩の校門改築。校内庭園「いこいの森」完成。
4.1 加藤朗一校長依願退職。広島県立広島商業高校西本篤武校長、本校第9代校長に就任。
8.10 NHK杯全国放送コンテスト並びに校内放送活動研究集会・ラジオ番組部門を本校で開催。
1975年(昭和50) 6.9 熊田ムメ皆実有朋会理事長逝去。
8.6 原爆30周年追悼式を行う。
8.22 皆実有朋会理事長に中川千代(有朋26期)再び就任。       (皆実有朋会の入会金1000円、終身会員費3000円に値上げされる。)
この年 山岳部男子隊、全国高校登山大会(南アルプス)で優秀校に選ばれる。
1976年(昭和51) 1.12 PTA規約を改正(専攻科よりの委員選出を決定)
10.6 生徒会、会費の値上げを決定。
1977年(昭和52) 3.31 衛生看護学科の寄宿舎を廃止する。
4.1 西本篤武校長依願退職。広島県教育委員会教育部広川義信学校職員課長、       本校第10代校長に就任。
7.17 広島第一県女原爆犠牲者33回忌法要(広島市中区小町清岸寺)を営む。
8.8 全国高校総合体育大会・ホッケー競技、本校グランドを会場とする。
1978年(昭和53) 3.17 平和教育「先輩諸姉の被爆体験を聞く会」開く。
10.10 全国高校国語教育研究連合会主催の研究会を、本校を主会場として開催。
1979年(昭和54) 3.23 皆実有朋会館運営規定と売店運営細則を改定。
1980年(昭和55) 4.1 広川義信校長依願退職。広島県立加計高等学校合田学校長、本校第11代校長に就任。
4.16 自転車置き場、グランド前に新設。
9.20 下水管工事(同時埋設、ガス管・給水管・消水管)完成。
1981年(昭和56) 3.31 3号館1部(鉄筋3階建、教室6、便所、918.61㎡)竣工。       渡り廊下(鉄骨平屋建カラー鉄板葦127.23㎡)竣工。       電気関係校内配線地下ケーブル工事完成。
8.1 2号館フロア改修。
8.23 皆実有朋会、教育振興資金のための基金募集を始める。
9.26 創立80周年記念式(貯金ホール)を挙行。
この年 陸上部神崎、中国五県対抗陸上農技大会400mで優勝。       織田幹雄記念国際陸上競技大会100mで優勝。
1982年(昭和57) 2.6 有朋39期の卒業生34名に卒業後37年振りに卒業証明書を授与。
3.1 80周年記念誌『皆実有朋』を刊行。
3.31 3号館特別教室(鉄筋3階建、生物、社会、LL教室、621㎡)竣工。
8.6 原爆犠牲者銘板除幕式を行う。
この年 男子バスケット部、全関西バスケットボール大会で優勝。
1983年(昭和58) 4.1 合田学校長依願退職。広島県立大竹高等学校西本省三校長、本校第12代校長に就任。
8.21 皆実有朋会、皆実高校に教育振興資金(50万円)を贈呈(以後、毎年贈呈)。       但基金運営上2001年より暫時休止。
8.31 皆実有朋プール撤去。(1960年4月~)
9.18 3号館特別教室(鉄筋3階建、美術・書道・視聴覚教室、625.58㎡)竣工。       倉庫および部室(鉄骨平屋建、81.11㎡)新築。       油脂庫(コンクリート平屋建、3.98㎡)新築。
1984年(昭和59) 11.5 新体育館建築のため、クラブ部室(プレハブ平屋建60.06㎡)及び 倉庫(プレハブ平屋建49.69㎡)を解体。
1985年(昭和60) 5.30 体育館兼講堂(鉄筋3階建、3,337.85㎡)竣工。       皆実有朋会、鍛帳(皆実13期 棚谷勲 原画作)を寄贈。
6.8 体育館兼講堂落成記念行事演劇(青年劇場「少年とらくだ」)鑑賞。
8.11 1号館正面の校章寄贈(皆実6期生卒業30周年記念)
12.25 皆実有朋会、社団法人を解散して新会則で再発足する。       (専攻科卒業者、新規会員となる)       (皆実有朋会の入会金2,000円、終身会費10,000円となる。)
この年 ボート部早川、中国高校選手権大会、男子シングルスカルで健勝。
1986年(昭和61) 3.31 進路指導室を改修。
8.17 中川千代皆実有朋会理事長を退任、岡ヤス子(有朋23期)会長に就任。
1987年(昭和62) 3.31 西本省三校長定年退職。
4.1 広島県立教育センター中尾正所長、本校第13代校長に就任。
7.26 弓道場開きを行う。
8.6 原爆犠牲者追悼式で竹西正志(皆実2期)作曲「哀傷」を本校吹奏楽が演奏。
12.25 看護実習室を改修。
1988年(昭和63) 3.31 体育研究室(64.13㎡)を増築。
11.3 専攻科創立20周年記念式典を行う。
この年 ボート部全国高校総合体育大会、男子かじ付きフォアで優勝。
1989年(昭和64)       (平成元) 1.24 広島皆実・広島工業高校プール竣工。
この年 ボート部、中国スポーツ賞受賞。 アーチェリー部男子、中国高校アーチェリー選手権大会で優勝。
1990年(平成2) 3.31 1・2号館校舎のリフレッシュ工事完成。クラブハウス(鉄骨2階建214.19㎡)竣工。
10.20 全国学校歯科保健研究大会の公開授業(1年生)及び「皆実高校の歯科保健活動」       実践報告を行う。
この年 ボクシング今岡賢覚、全国高校総合体育大会ウェルター級で優勝、フェニックス賞受賞。
この年 皆実有朋会「皆実生を全国に送る会」会計を設け、県代表として出場する生徒に 「選手激励費」を贈ることとする。(以後、毎年、継続実施)
1991年(平成3) 3.31 中尾正校長定年退職。
4.1 広島県教育委員会岡田孝章教育部長、本校第14代校長に就任。
6.8 ボート部艇庫(鉄骨平屋建190㎡)新築。(広島市西区庚午南1-36-3)
10.19 創立90周年記念式典(厚生年金ホール)挙行。       創立90周年記念庭園の造成(皆実有朋会)
12.20 皆実有朋90年史『悠久のまこと』(写真集)を刊行。       体育館ピロティ整備。(雨天練習場・トレーニングルーム・体育倉庫等)       韓国・ソウル大新高等学校と広島皆実高校との国際親善交流始まる。       (大新高校来日~23)
1992年(平成4) 4.1 体育科新設(生徒定員40名、学区は全県一円)
7.18 皆実高校スポーツ交流団訪韓~22日(以後、毎年両校の来日、訪韓交流を継続実施)
8.23 岡ヤス子皆実有朋会会長退任、末長キヨ子(有朋28期)会長に就任。
12.20 第2体育館(2階建2,749.72㎡)竣工。
この年 女子バスケット部、全国選抜出場(以後11年連続出場)
1993年(平成5) 3.16 グランド改修工事完了。
6.3 本校の歯科保健実践が第8回広島県歯科保健文化賞を受賞。
6.16 皆実有朋会館リフレッシュ工事完了。
9.18 東京皆実有朋会の設立総会を開く。東京有朋会会長石橋佳子(有朋32期)、会長に就任。
この年 女子バスケット部、全国高校総合体育大会出場(以後10年連続出場)
1994年(平成6) 3.31 岡田孝章校長定年退職。
4.1 広島県立可部高校中村孝明校長、本校第15代校長に就任。
5.15 広島第一県女原爆犠牲者50回忌法要(広島市中区小町 清岸寺)を営む。
8.22 皆実有朋会・大新高校同窓会「同門会」の親善交流会       (末長キヨ子会長ほか役員10名訪韓-23日)
この年 剣道部(男子)全国高校総合体育大会出場(以後6年連続出場)
1995年(平成7) 8.6 被爆50年追悼式(広島市中区「追憶之碑」前)を行う。
この年 卓球部女子団体、全国高校総合体育大会出場(以後3年連続出場)
1996年(平成8) 3.31 2号館・特活校舎リフレッシュ工事完了。
1996年(平成8) この年 陸上部為末大、全国高校総合体育大会男子400mで優勝。       日本ジュニア選手権男子400mで優勝。       世界ジュニア選手権大会(シドニー)男子400mで優勝。       全国高校総合文化祭写真部門で、山本沙代「光の模様」最優秀賞を受賞。
1997年(平成9) 3.31 下水路改修工事完了。第一体育館下雨天練習場人工芝工事完了。
3.31 中村孝明校長定年退職。
4.1 広島県立至誠高校内田信正校長、本校第16代校長に就任。
1998年(平成10) 3.31 校舎内舗装改修工事完了。
4.1 内田信正校長、広島県教育委員会教育部長へ転出。       本校金井亀喜教頭、第17代校長に就任。
10.21 皆実高校文化交流団訪韓(大新高校開校60周年記念式動に参加、~24日)
11.21 専攻科創立30周年記念式典を行う。
1999年(平成11) 3.31 トイレ増築工事完了。
8.- 男子サッカー部、全国高校総合体育大会で全国優勝。
8.3 1看護在宅実習室整備工事完了。
この年 陸上部、日本ジュニア選手権大会、女子400mリレー(横川奈保子・猪原芳美・ 岡本真並・藤本宏美)で優勝。
2000年(平成12) 1.2 本校の国際交流が第2回広島ユネスコ活動奨励賞を受賞。
6.16 大新高校文化交流団来日(~19日)国際交流10周年記念行事を行う。
9.22 本校の国際交流が第6回広島アジア交流賞を受賞。
11.11 近畿皆実有朋会の設立総会を開く。佐伯武夫(皆実2期)会長に就任。
2001年(平成13) 3.31 金井亀喜校長定年退職。
4.1 広島県立戸手高校山口昌宏校長、本校第18代校長に就任。
8.10 陸上世界選手権男子400m障害決勝で為末大(皆実48期)3位銅メダル獲得。
9.22 創立100周年記念式典(厚生年金ホール)挙行。       祝賀会(リーガロイヤル広島)開催。       同窓会館等諸施設の近代化と拡充(皆実有朋会)
11.31 受電設備改修工事完了。
2002年(平成14) 3.25 皆実会館新築工事完了。
4.1 五年一貫看護教育の開始。
8.18 末長キヨ子皆実有朋会会長退任、和田利子(有朋41期)会長に就任。
10.31 7号棟・39号棟内部リフレッシュ工事完了。
11.29 体育科創立10周年記念行事挙行。
2003年(平成15) 3.26 防球ネット設置工事。
3.31 衛生看護科校舎外壁改修工事。       進路指導室移設工事。
2004年(平成16) 3.26 駐輪場新設工事。
3.31 11、12棟便所改修工事。       山口昌宏校長退職。
4.1 広島県立東城高等学校荒木建一校長、本校第19代校長に就任。
5.31 普通教室34室PTAによる空調整備。
2005年(平成17) 1.31 衛生看護科校舎内部改修工事
3.31 雨天練習場人工芝張替工事。       第二情報数室新設工事。
8.4 柔道部藤田康恵、全国高校総合体育大会女子個人57キロ級で優勝。
8.9 陸上世界選手権男子400m障害決勝で為末大(皆実48期)3位銅メダル獲得
12.16 2001年版皆実有朋会名簿廃棄処分 (203冊)

 

2006年
(平成18)
8.19 教育振興基金を同窓会基金に繰り入れる
2007年
(平成19)
3.31 荒木建一校長 広島県立千代田高等学校校長で転任
4.1 広島県立福山商業高等学校菅信博校長、本学20代校長に就任
7.26 第38回全国看護高等学校研究協議大会が広島で開催された(皆実高校が主管校)
2008年
(平成20)
8.3 全国高校総合体育大会で男子陸上部(浦野・厚見・建田・浅井)1,600mリレーで初優勝(3分11秒54)
8. 第29回北京オリンピック競大会へ為末大(400mハードル)森重真人(男子サッカー)
12.17 中広大悟(皆実51期)日本フライ級チャンピオンに
2009年
(平成21)
1.12 第87回全国高校サッカー選手権大会で皆実が鹿児島城西を3-2で下し 初優勝
10.2 鉄筋3階建2号館の取り壊し作業がはじまる
10.3 陸上部北村拓也、第64回国民体育大会「トキめき新潟国体」陸上競技少年男子B100mで優勝
2010年
(平成22)
3.31 菅信博校長 広島県立呉宮原高等学校校長で転任
4.1 広島県立広高等学校松林博文校長、本学21代校長に就任
2011年
(平成23)
4.23 新校舎(本館)落成並びに創立110周年記念式典挙行
皆実有朋会より校名看板、110周年記念DVD、「文武両道」額、姿見、憩いの森整備等の寄贈
8.20 皆実有朋会第8代会長 後藤増雄(皆実12期)就任
9月19日ご逝去(以降副会長8名にて会長代行)
2012年
(平成24)
3.31 松林博文校長 退任
4.1 平盛吉昭校長、本学22代校長に就任
5.20 近畿皆実有朋会第2代会長 渡部雅博(皆実17期)就任
8.18 皆実有朋会第9代会長 森田健司(皆実16期)就任
11.26 皆実体育科創立20周年記念祝賀会
2013年
(平成25)
6.14 原爆犠牲者追悼式の主催を広島皆実高校からより皆実有朋会が引き継ぐ
7.8 県内公立高校初の人工芝グラウンド完成、陸上トラック工事完成
2014年
(平成26)
4.1 皆実有朋会売店を広島皆実PTA売店に移管する
6. 森重真人(皆実57期) ワールドカップブラジル大会に日本代表として出場
2015年
(平成27)
3.31 平盛吉昭校長 退任
4.1 隠澤浩雄校長、本学23代校長に就任
7.18 原爆犠牲者「追憶之碑」を被爆70周年にあたり改修再整備する
11.7 二葉あきこ(有朋25期)歌碑除幕式

 

 

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